田舎暮らしに憧れを持っている人にはお薦めしない、坂東眞砂子の小説「くちぬい」を紹介します。怪異的なホラーというより、神を侵害するものを神に代わって成敗しても罪ではない、と無垢に信じる村人の狂的怖さを存分に味わえます。
定年退職後、趣味の陶芸に没頭したい夫竣亮と放射能汚染の不安から東京を逃れたい妻麻由子は、高知の山奥の白縫集落に移住してきます。老人ばかりの村で二人は歓迎され、移住した山村の暮らしに期待を持ちますが、神社に続く道の上に竣亮が陶芸の窯を作ったことから村人と衝突し、水道管の破壊、車庫の地面に刃物、猫の死骸を吊るすなど陰湿な嫌がらせが始まります。表向きは笑顔で挨拶をする村の老人たち。誰が犯人なのか疑心暗鬼になり、麻由子は徐々に被害妄想に取りつかれて行きます…。
坂東眞砂子自身が高知の山の中に引っ越した際に、土地の区分をめぐり陰湿な嫌がらせを受けたことから着想を得たと巻末に書かれています。頭でイメージした憧れの田舎暮らしと違い、そこは地縁・血縁と因習に包まれた排他的な世界(逆に自分が村人の立場に立てば、考え方もそれまでの人生もわからない余所者に偏見や警戒するのも理解できます)。そのなんとも言えない”中の者”と”外の者”の乖離が、ゾッとするほどリアルに伝わってくる作品です。
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